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吉本隆明全集全巻内容

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第1巻

1941―1948

「哲」の歌 孔丘と老耼 呼子と北風 詩碑を訪れて 山の挿話
詩集『草莽』 哀しき人々 雲と花との告別 宮沢賢治論ノート 「時禱」詩篇 伊勢物語論Ⅰ 伊勢物語論Ⅱ 歎異鈔に就いて 姉の死など 他

*戦前の府立化工時代と米沢工業学校時代、および敗戦直後の詩と散文を収める

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第2巻

1948―1950

詩稿Ⅹ 青い並木の列にそひて 緑の聖餐
エリアンの手記と詩 詩と科学との問題 ラムボオ若くはカール・マルクスの方法に就ての諸註 覚書Ⅰ 箴言Ⅰ 箴言Ⅱ 日時計篇(上) 他

*初期発表詩篇および二冊の詩集刊行までの膨大な草稿詩篇と最初期の評論を収める

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第3巻

1951―1954

日時計篇(下) 〈手形〉 他

*膨大な草稿詩篇の後半部を収める

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第4巻

1952―1957

固有時との対話 転位のための十篇 ぼくが罪を忘れないうちに 涙が涸れる 少年期 異数の世界へおりてゆく 少女 明日になつたら 恋唄
マチウ書試論 蕪村詩のイデオロギイ 前世代の詩人たち 文学者の戦争責任 鮎川信夫論 定型と非定型 番犬の尻尾 西行小論 短歌命数論 日本近代詩の源流 他

*周到に用意された二冊の詩集『固有時との対話』『転位のための十篇』とそれに続く詩篇、および初期の代表的評論「マチウ書試論」などを収める[単行本未収録四篇]

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第5巻

1957―1959

高村光太郎 「戦旗」派の理論的動向 文学の上部構造性 宗祇論 「四季」派の本質 芸術的抵抗と挫折 芥川龍之介の死 転向論 死の国の世代へ 不許芸人入山門 「乞食論語」執筆をお奨めする アクシスの問題 近代批評の展開 橋川文三への返信 詩人の戦争責任論 海老すきと小魚すき 転向ファシストの詭弁 他

*最初の単行本である作家論『高村光太郎』と、前巻に続く初期の代表的評論「芸術的抵抗と挫折」「転向論」、および花田・吉本論争の諸篇を収める[単行本未収録一篇]

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第6巻

1959―1961

*六〇年安保を挟む「戦後世代の政治思想」「擬制の終焉」などの政治思想評論、作家論、エッセイ群と詩を収める[単行本未収録二篇]


時のなかの死
孤独の幼女


もっと深く絶望せよ
工作者と殺人キッド
戦争のこと・平和のこと
「怒れる世代」をめぐって
社会主義リアリズム論批判
憂国の文学者たちに
戦争と世代
文学的表現について
詩人論序説
戦後世代の政治思想
日本ファシストの原像
大衆芸術運動について
言語の美学とは何か――時枝美論への一注意――
カンパの趣意は明快そのもの
映画的表現について――映像過程論――
読書について
腐食しない思想をもて されば希望は諸君のうちにある
芸術論の構図
短歌的喩について
〝パルタイ〟とは何か
ある履歴
擬制の終焉
短歌的喩の展開
白昼の部分と夜の部分
趣意書
想像力派の批判――現代批評家裁断――
「四季」派との関係
政治と文学の背理
去年の死
慷慨談――「風流夢譚」をめぐって――
睡眠の季節
現代学生論――精神の闇屋の特権を――
「党生活者」
葬儀屋との訣別
頽廃への誘い
軋み
詩とはなにか
マルクス主義文学とは何か
混迷のなかの指標
想い出メモ
芸術とディスコミュニケーション
六・一五事件と私
交通が成立たない部分
前衛的コミュニケーションについて
現状と展望
未来は負い目
思想的不毛の子
文芸時評


谷川雁論――不毛なる農本主義者――
中野重治
埴谷雄高論
永久革命者とは何か
『虚空』について
萩原朔太郎――その世界――
石川啄木
室生犀星――因果絵図――
恥について
時代の書の因果
小林秀雄――その方法――
西行論断片


河上徹太郎『日本のアウトサイダー』
井上光晴『虚構のクレーン』
橋川文三『日本浪曼派批判序説』
桑原武夫『研究者と実践者』
大江健三郎『孤独な青年の休暇』
『金子光晴全集』第一巻
椎名麟三『罠と毒』
金子光晴「落下傘」
感想――『銀行員の詩集《第10集》』――
武井健人編著『安保闘争』 日高六郎編『一九六〇年五月一九日』
歌集『喚声』読後
岡井隆歌集『土地よ、痛みを負え』を読んで
大岡信『抒情の批判』
埴谷雄高『墓銘と影絵』


岸上大作『意志表示』
本のうわさ――萩原朔太郎『詩の原理』――

詩人のノート
『異端と正系』あとがき
『試行』第一〜二号後記
小伝

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第7巻

1962―1964

丸山真男論 戦後文学の転換 反安保闘争の悪煽動について 「政治と文学」なんてものはない非行としての戦争 模写と鏡 「政治文学」への挽歌 いま文学に何が必要かⅠ 戦後思想の価値転換とは何か 性についての断章 日本のナショナリズム 過去についての自註 死者の埋められた砦 佃渡しで 〈われわれはいま――〉 他

*重厚な二つの評論「丸山真男論」と「日本のナショナリズム」を中心とする論考と詩を収める[単行本未収録二篇]

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第8巻

1961-1965

言語にとって美とはなにか

*党派的な文学論を一掃するために言語についての基礎的な考察から取り組まれた画期的な労作

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第9巻

1964―1968

告知する歌 カール・マルクス 自立の思想的拠点 思想的弁護論 戦後思想の荒廃 佃んべえ 情況とはなにか ポンチ絵のなかの思想 なぜ書くか 沈黙の有意味性について 異常性をいかにとらえるか 新体詩まで 文芸的な、余りに文芸的な ある編集者の死 高村光太郎私誌 実践的矛盾について 他

*マルクスを救出するという緊張のもとに書かれた『カール・マルクス』、および「自立」を基礎づける諸論考などを収める[単行本未収録二篇]

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第10巻

1965―1971

共同幻想論 心的現象論序説 春秋社版『高村光太郎選集』解題

*『言語にとって美とはなにか』から派生した二つの原理的な考察『共同幻想論』『心的現象論序説』と選集の解題として書き継がれた光太郎論を収録する

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第11巻

1966―1972

島はみんな幻 〈不可解なもの〉のための非詩的なノート 情況 行動の内部構造 天皇および天皇制について 
都市はなぜ都市であるか 新興宗教について 三番目の劇まで 南島論 暫定的メモ 『死霊』考 感性の自殺 
岸上大作小論 思想の基準をめぐって 他

*大学紛争をひとつの背景とする『情況』、国家の思想としての天皇および天皇制論、そして重要な講演「南島論」などを収める[単行本未収録八篇]

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第12巻

1971-1974

源実朝 ある抒情 〈農夫ミラーが云つた〉 帰つてこない夏 〈関係〉として見える文学 「SECT6」について 『林檎園
日記』の頃など イギリス海岸の歌 わたしが料理を作るとき 藍蓼舂き 恐怖と郷愁 聖と俗 ひとつの疾走 ロールシャッハテスト 他

*和歌の作者であり制度の頭領でもあった実朝の実像に迫る『源実朝』と同時期の評論・エッセイ、および詩を収録[単行本未収録三篇]

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第13巻

1972―1976

書物の解体学 島尾敏雄 〈何処へゆくのか〉 ある鎮魂 星の駅で 海は秋に うえの挿話折口の詩 小学生の看護婦さん 『日本語はどういう言語か』について 感覚の構造 ショウリョウバッタの音 〈死〉はなぜあるか 他

*はじめて外国の文学者たちを論じた『書物の解体学』と長くその資質にひかれて論じてきた『島尾敏雄』、その他の散文と詩を収録[単行本未収録二篇]

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第14巻

1974―1977

初期歌謡論 ある枕詞の話 他

*和歌形式の詩を発生の起源から形式の成立まで統一的に論じる古典批評の書を収める

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第15巻

1974―1978

最後の親鸞 論註と喩 詩人論 幻と鳥 雲へ約束した 夢の手 俗母子像 最後の場所 竹内好の死 法の初源・言葉の初源 戦争の夏の日 慈円について 近親婚はどうして禁忌か 宇宙フィクションについて 『死の棘』の場合 他

*古典思想家論の集大成をなす『最後の親鸞』とその後の宗教論の基礎となった『論註と喩』などの評論・エッセイ、および「野性時代」連作の開始期の詩篇を収める[単行本未収録六篇]

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第16巻

1977―1979

戦後詩史論 吉本隆明歳時記 これに似た日 抽象的な街で 欅の説話 風の村 狂人 都市に関するノート 山下菊二 本を読まなかった 別れ 『記』『紀』歌謡と『おもろ』歌謡 遠山啓さんのこと 老い 他

*「修辞的な現在」に構成された『戦後詩史論』と愛好した詩人の詩から季節を読み取る『吉本隆明歳時記』などを収める[単行本未収録二篇]

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第17巻

1976―1980

悲劇の解読 世界認識の方法 古くからの旅籠 海に流した自伝 木の根に帰る司祭 ある塹壕 幻想論の根柢 〈反逆〉は内向する ゲーテの色 福島泰樹論 中上健次論 死のサルトル夢・その他 他

*批評の現在を告知する「批評について」を序にすえた作家論集『悲劇の解読』とミシェル・フーコーとの対談を核に編まれた『世界認識の方法』などを収録する[単行本未収録四篇]

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第18巻

1980―1982

空虚としての主題 源氏物語論 水の絵本 掌の旅 木の説話 葉の魚 アジア的ということ「文学者」という画像 村上一郎論 川端要壽のこと 果樹園から林檎を盗む 他

*社会の転換期に生み出される現在の文学を論じたはじめての本確的文芸時評『空虚としての主題』と『源氏物語論』、長く継続的にその主題を追って書き継がれた「アジア的ということ」などを収める[単行本未収録八篇]

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第19巻

1982―1984

マス・イメージ論 ポーランドへの寄与 反核運動の思想批判 「反核」問題をめぐって 反核運動の思想批判番外 字画の挿話 地名がくずれ堕ちる 祖母の字 親鸞における言葉 『赤光』論 古井由吉について わがファウスト 幼児性の勝利 自己慰安から渇望へ 小林秀雄について 《遠野物語》別考 川崎徹小論 ふたつのポルノ映画まで 他

*さまざまな作品を個々の作者ではなく「現在」という作者が生み出したものとして論じる『マス・イメージ論』と時期を接して生じた世界的な「反核」の動きを批判した「反核運動の思想批判」などを収める[単行本未収録六篇]

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第20巻

1983―1987

声の葉 活字都市 大衆文化現考 n個の性をもった女性へ 映像から意味が解体するとき 元祖モラトリアム人間 政治なんてものはない 重層的な非決定へ 触れられた死 佃ことばの喧嘩は職業になりうるか 現代電波絡繰試論 たった一つの黄金風景 こだわり住んだ町 『アンチ・オイディプス』論 放射能とわたし ミシェル・フーコーの死 他

*埴谷雄高との論争文「重層的な非決定へ」と『死の位相学』の序に代えて書き下ろされた「触れられた死」などの評論・エッセイと連作詩の最後の時期の詩を収める[単行本未収録三十二篇]

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第21巻

1984―1987

記号の森の伝説歌 柳田国男論 西行論 良寛論 室内楽 なぜタクシーに乗るのだろう 石川九楊論 エイズの伝播 「ゆきゆきて、神軍」その他 共同体の起源についての註 心と身体の物語 米沢の生活 わたしの地名挿話 他

*「野性時代」の連作詩を組み替えてなった長編詩「記号の森の伝説歌」、柳田の新しい像を作り上げようと試みた「柳田国男論」、そして長い年月をかけてまとめられた西行と良寛についての二つの長編評論などを収める[単行本未収録八篇]

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第22巻

1985―1989

ハイ・イメージ論Ⅰ 言葉からの触手 他

*「未知の現在」に「世界視線」という概念によって迫ろうとする『ハイ・イメージ論』の「Ⅰ」、散文詩ともアフォリズムともみなしうる言語をめぐる思考の記述『言葉からの触手』などを収める[単行本未収録一篇]

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第23巻

1987―1989

ハイ・イメージ論Ⅱ 宮沢賢治

*「未知の現在」を追いつめることと追いつめられることのせめぎ合いが急迫する『ハイ・イメージ論』の「Ⅱ」、この論考と平行するように書き下ろされた詩人論『宮沢賢治』を収める

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第24巻

1987―1990

ハイ・イメージ論Ⅲ 情況としての画像 七〇年代のアメリカまで 生きていた西行 島尾敏雄の世界 異境歌小論 いそいで岡本かの子 東京についてのノート 南島論1 南島論2 三浦つとむ 他

*『共同幻想論』の「現在」版とも規定された『ハイ・イメージ論』の「Ⅲ」、唯一のテレビ時評『情況としての画像』などを収める[単行本未収録十九篇]

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第25巻

1987―1991

甦えるヴェイユ 一眼レフのカメラ 写真修行 小栗康平監督『死の棘』 月島の思い出 動機なき親殺し 世界転向論 病院のこと 戦争放棄の「憲法第九条」 三島由紀夫「檄」のあとさき 良寛書字 「二十世紀末の日本文化を考える」 他

*初期ヴェイユの考えにそっとじぶんの考えをブレンドし、いたましいヴェイユの貌を描き出した『甦えるヴェイユ』などを収める[単行本未収録八篇]

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第26巻

1991―1993

母型論 中東湾岸戦争私論 「芸」としてみた中東戦争 上野公園の冬 こんどソ連で起こったこと 「笑」はどこへ行った。 隅田川昨今 背景の記憶 わが読書 中島みゆきという意味 ラフカディオ・ハーンとマルチニーク島 ビートたけしの映像 おもろそうし 三木成夫について 清岡卓行の大連 他

*『ハイ・イメージ論』の続編「Ⅳ」ともいうべき『母型論』と中東湾岸戦争についての発言などを収める[単行本未収録二十篇]

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第27巻

1992―1994

わたしの本はすぐに終る 現在はどこにあるか イザイホーの象徴について 卵をめぐる話 胎児という時期 隅田川有情 百人一首の遊び 私の実朝像 絶望的かつ楽天的な、日本の思想書 作家・吉本ばななをめぐって 二葉亭の文学 親鸞の十八願 他

*発表された最後の詩「わたしの本はすぐに終る」、および「現在」という作家や作品と日々生み出される作品の作者たちの関心のありかを結びつけて論じる『現在はどこにあるか』などを収める[単行本未収録十二篇]

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第28巻

1994―1997

わが転向 社会風景論 心に残る友 いずれ物書き自身を廃棄処分にする時代が来るだろう はるかな米沢ロード 上野界隈の半世紀 サリン―オウム事件の残像 海辺のパチンコ 溺体始末記 幸田文について 赤瀬川源平の路上観察学 谷川雁の死 埴谷雄高さんの死に際会して 三木成夫『ヒトのからだ』に感動したこと 他

*雑誌編集部の挑発を受けて立って構成された『わが「転向」』、および水難事故の前後の文章を収める[単行本未収録五十四篇]

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第29巻

1993―1997

超資本主義 思想の原像 僕ならこう考える

*先進諸国家が当面する現状を「超資本主義」の産業経済段階にあるとみなしオウム–サリン事件を挟む情況を論じる『超資本主義』『思想の原像』、水難事故後はじめて語り下しの形で質問事項に答えて構成された『僕ならこう考える』を収める

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第30巻

1970―1997

心的現象論

*『試行』に終刊まで連載された「目の知覚論」「身体論」「関係論」「了解論」の四部からなる長編評論 「目の知覚論」については著者の初出赤字入れ稿を底本とする

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第31巻

1998―1999

アフリカ的段階について 遺書 父の像 少年 新年雑事 そば開眼 短歌の謎 不況とリストラの話 交友を断つ決定的な〝その日〟 たけしへの手紙 私の横光利一体験 江藤淳記 法然と親鸞 他

*人類史の一番多様な可能性を持つ母型を掘り下げることが同時に歴史の未来にとって最大の射程をもつものとみなす『アフリカ的段階について』、溺れかかったのだからという提案に答えて作られた『遺書』などを収める[単行本未収録十五篇]

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第32巻

1990―2001

匂いを読む 写生の物語 食べものの話

*長い時間をかけて連載された三冊の本

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第33巻

1999―2001

詩人・評論家・作家のための言語論 僕なら言うぞ! 老いの幸福論 今に生きる親鸞

*「語り」によって構成された四冊の本

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第34巻

1990―2004

夏目漱石を読む 漱石の巨きな旅 吉本隆明のメディアを疑え 本についての悪 島・列島・環南太平洋への考察 空閑地 偲大原富枝 「将たる器」の人 詩学叙説 本多秋五さんの死 川上春雄さんを悼む 永遠と現在 知っている限りで「SMAP」のこと 高橋源一郎について 他

*漱石の十二の作品について論じた『夏目漱石を読む』、英国留学と「満韓ところどころ」の二つの旅を論じた『漱石の巨きな旅』、新聞や雑誌の社会・政治時評を再構成した『吉本隆明のメディアを疑え』などを収録[単行本未収録三十七篇]

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第35巻

2004―2007

思想のアンソロジー 「ならずもの国家」異論 中学生のための社会科 家族のゆくえ 猫の肉球に関する考察 詞人と詩人 言語論要綱 清岡卓行を悼む 他

*古代から近代初期までの古典から選ばれた言葉に批評をふした『思想のアンソロジー』、拉致問題や先の見えない不況など国内外の問題を語る『「ならずもの国家」異論』、生涯のうちで一番多感な想像上の「中学生」に向けて書かれた『中学生のための社会科』などを収める[単行本未収録六篇]

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第36巻

2007―2012

真贋 日本語のゆくえ 開店休業 長老猫の黒ちゃんへ 大きい猫と小さい子供の話 小川国夫さんを悼む 「日常的探検・冒険」論 神話伝承と古謡 歌集『おほうなはら』について 鶉屋書店の想い出 親鸞の最終の言葉 他

*常識的な問いと答えを捨ててどうでもよさそうことから考えをはじめる『真贋』、言語について最後までその考えを推し進めようとした『日本語のゆくえ』、最後の連載となった食についてのエッセイ集『開店休業』などを収める[単行本未収録十三篇]

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第37巻

書簡I

書簡Ⅰ 川上春雄宛全書簡  

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38巻

書簡II

書簡Ⅱ

別巻

写真アルバム
生活史年譜(石関善治郎編)
著作年譜(宿沢あぐり編)