空前絶後の
思想家

上野千鶴子


 吉本隆明は戦後日本最大の、そして空前絶後の思想家である。「空前絶後」というのは、吉本の前に吉本はなく、吉本のあとに吉本はいない、という意味である。

 彼は戦後の反体制運動のなかで扇動者の役割を果たしたり時局発言をしたりしたが、また大衆消費社会に迎合したとも言われたが、そしてオウム事件の時には麻原彰晃を擁護したり反原発運動に対立したりというフライングを犯したりもしたが、そういうふるまいの瑕疵はかれの業績を傷つけない。

 というのも、彼ほどラディカルに───根底的に、という意味だ───言語について、国家について、共同体について、家族について、性愛について、心的現象について、信仰についてかんがえた者がほかにいただろうか?「理論不毛の地」と言われたこの国で、どんな外来の思想にも頼らず、徒手空拳で自前のことばで考えぬいた。

 「ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる」という自負がなければ、これらのしごとはなしえなかっただろう。

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